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「舞台『刀剣乱舞』慈伝 日日の葉よ散るらむ」東京凱旋公演ネタバレ感想!

いろいろ

※この記事は舞台『刀剣乱舞』のネタバレを含みます
(慈伝はもちろんですが、他の歴代シリーズの内容にも触れています)

先日「舞台『刀剣乱舞』慈伝 日日の葉よ散るらむ」の東京凱旋公演を観劇してきました。
今回もとても楽しませていただいたので、感想を書いていきたいと思います^^

ある程度こまかい感想を書こうとすると、どうしてもネタバレが避けられないので、内容のネタバレ満載ですので未見の人はご注意ください!!

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明らかに今までとは毛色が違う作品

虚伝~悲伝までは、誰かの元の主(戦国武将)が登場して関連する逸話が描かれていたし、時間遡行軍が登場して激しい戦闘シーンも多かったし、歴史を守るとはどういうことか等の重いテーマを語りかけてくる内容でした。

今までは、人間と刀の物語でした。
しかし、今作・慈伝はただただ刀たちの物語となっています。

時間遡行軍との戦いはありません。
いえ、正確に言えば、冒頭の数分間で流れていた聚楽第の映像では時間遡行軍との戦いの描写はありました。
しかし、そこだけです。

「慈伝 日日の葉よ散るらむ」では、ショートストーリー5話の構成で、主に本丸内での刀剣男士たちの交流を描いています。
今までの刀ステでの日常シーンがずっと続いているような感じですね。
殺陣の場面は殆ど無くて、終盤での集団手合わせのときに若干の戦闘描写がある程度です。

内容も、序盤~中盤はコミカルな場面が多く、劇場内でもたくさんの笑い声が湧き上がっていました。
刀剣男士たちが内番姿で愉快な言動をしている様子は、「アニメ『刀剣乱舞-花丸-』」に近い雰囲気でした。

コミカルな場面からシリアスな展開へのメリハリの付け方は、歴代シリーズ作品のなかでも1番効果的だったと思います。
ずっと楽しく笑えるシーンが続いてからの、一瞬にして空気の冷えるシリアスさ。見事でした!

これまでの元の主と刀たちとのやり取りも胸を打つものでしたが、もっと刀剣男士たちにスポットを当てた内容も観てみたいと思っていたので、そういった意味でも慈伝はとても楽しめました。

山姥切本歌と山姥切写し

慈伝では、山姥切長義が本丸に配属されたことにまつわる騒動が主軸となっています。

写しであることを気に病んでいた山姥切国広ですが、刀ステで話を重ねるごとに「写しだって関係ない」「俺は俺だ」と自己肯定を高めてきていました。
しかし、悲伝では心の支えであった三日月宗近を失ってしまい、その悲しみと無力感から立ち直れずにいるのが、慈伝冒頭での山姥切国広の状態です。

普通に日常を送っているようでいて、どこか元気がないし、心ここにあらずといった状態なんですね。
悲伝でも「心非ずと書いて悲しい」というような言葉が出てきていましたが、まさに心あらず…悲しみに染まったままであるように見えました。

そんな状態のときに本歌を会わせてしまったら、山姥切国広はまたかつてのように自己否定を繰り返して殻に閉じこもってしまうのではないか。
長谷部は心配してそう訴え、山伏国広と同田貫正国がその思考に同調して動くことになります。

山姥切国広と山姥切長義を会わせないようにするために右往左往している様子は、本当にコミカルで楽しかったです!

結局はふたりの山姥切は顔を合わせることになってしまい、長義が皆の前で山姥切国広を「偽物くん」と呼んだことで、一瞬にして話の空気が変わってしまいます。

写しと贋作は違うよね…?とひそひそ話している男士がいたように、刀たちの中で「偽物」という言葉はかなりデリケートな悪口なんだと思います。

この悪口を受けて激昂したのが、同田貫正国です。
彼の無骨ながらもまっすぐな姿勢は、胸を熱くさせてくれました。
大事な仲間を悪く言われて、それに対して即座に反論できる強さは素晴らしいと思います。

同田貫の異論を聞いても、長義は己の意見を曲げようとはしません。
山姥切長義にも彼なりの言い分があるので、なかなか難しいところです。

「あたしはあんたの味方だからね」と長義に言い続けた次郎太刀もまた、素敵だなぁと感じました。
おそらく、次郎太刀は長義の言い分が正しいと思っていたわけではないと思います。
山姥切国広を偽物と捉えているわけではないけれど、このままでは新しい仲間が孤立しかねないという気遣いからの立ち回りでしょう。

逆に、太郎太刀に関しては思考がちょっと見えづらく、少々モヤッとする部分がありましたが──それはたぶん、フラットで冷静な視点から山姥切長義に味方しているポジションとするには、山姥切国広への気遣いが足りないように感じたからだと思います。
「山姥切国広が写しであることは事実です」という言葉はもっともですが、だからといって長義の偽物くん発言に関しては何も言わないというのは不自然な肩入れのように感じたのです。
山姥切国広が写しであるのは事実だが偽物ではない、それはそれとして今は新人を歓迎する場であるのだからその空気を汲んで自分はあなたの味方をしますよ、という気持ちが見えてほしかったな…と。

南泉一文字もまた良いフォロー役だったと思いました。
大般若長光は山姥切長義とは長船派の刀工によって作られたという共通点がありますが、直接的な接点があるわけではありません。
その点、南泉は長義がどういう性格なのかを知っているので、なんだかんだ言いつつフォローしてあげようとしているわけです。
猫ヤンキーといった感じの外見と言動ですが、世話焼きな一面を見ることが出来ました。

それぞれに味方がついて、山姥切問題はゴチャゴチャになっていきます。

山姥切たちの勝負については意見が分かれそうだと感じた

山姥切問題は、集団手合わせで決着をつけるということになりました。
でも、最終的には山姥切国広VS山姥切長義の一騎打ちになります。
実戦経験の無い山姥切長義が山姥切国広に勝てるはずもなく、長義が一方的に嬲られているに近い状態になりました。

この場面、やられっぱなしの長義を見ているというのが、なかなか辛いものがあります。
実際、まるでイジメのようで嫌だったという意見を出している人もチラホラ見かけました。

山姥切国広が手出しをするなと言ったため、集団手合わせだったはずなのに周囲の仲間たちはほぼ棒立ちで眺めているだけのようにも見えましたよね。
耐え切れずに止めに入ったのは、南泉一文字だけでした。

ただ、あと1~2度攻撃を重ねれば、止めに入っただろうなと感じさせる動きをしていた刀もいました。
私の席から見えた範囲だと、鶴丸国永が様子を見ながら刀を握り直していたので、おそらく頃合いを見計らって止めに入ろうとしていたのではないかと思います。

あの場面での仲間たちは、山姥切国広が山姥切長義を一方的に力でねじ伏せている姿を良しと思っていたわけではなく、あれが山姥切たちに必要なことだと考えて見守っていたのではないかと私は感じました。
ただ、やりすぎはよくない。
だから、あまりにも続くようであれば止めようとしていたのだと思います。

これはあくまでも個人的な見解ですが、慈伝での山姥切長義はマウントを取りたがっていたというよりも、どうにもならない苛立ちを持て余して癇癪を起こしている思春期の少年のように見えました。

たぶん、山姥切長義が先に顕現していて、あとから山姥切国広がやって来たというパターンであれば、長義は「偽物くん」などと呼ばなかったのではないかと思います。

実戦経験を積んで近侍を任されている刀剣男士は、かなりのエリートなのでしょう。
本歌である自分は政府に配属されて刀らしからぬ雑用をしているのに、写しのあいつはこの本丸の初期刀として絶対的な信頼を積み上げている&戦場に出て刀らしい輝かしい功績を残している、というどうにもならない悔しさはあったと思います。

それに加えて、刀ステ本丸の山姥切国広はあれだけ大きな事件を経験して三日月を失ったという悲しみに浸っている状態なので、本歌が現れたからといってそこまで大きなショックは受けません。
その心あらずな感じもまた、山姥切長義が抱いているモヤモヤを大きくして意固地にさせたのではないかと感じました。

山姥切国広が山姥切長義を否定しているわけではないので、まずは山姥切長義が山姥切国広を認めなければ、山姥切問題は一歩も進展しません。
だからこそ、周囲の仲間たちはとりあえず静観していたのではないかと思います。
反抗期の少年の癇癪が落ち着くのを見守っているような心境だったのではないかな、と個人的には捉えました。

ただ、やはり新人イジメの構図に見えないこともないとは思いますので、この手合わせの結末に関してはかなり意見が分かれるのではないかなと感じました。

意外と重大なポイントだった五虎退の落とし物

山姥切問題の裏で、地味に進行していたもうひとつの問題が、五虎退の落とし物。

無いです、無いです、と一生懸命に探している割に、何を落としたのかは絶対に言おうとしません。
私は「何を失くしたのかくらい言ってもいいのに…」と若干イライラしてしまったのですが、それを一言も責めもせずに優しく付き合ってあげている鶴丸国永の懐の深さに感銘を受けました。

鶴丸以外の刀たちもなんだかんだ言いつつも探し物に付き合ってあげているので、彼らは本当に優しいなぁと思います。
余談ですが、不正解だったダルマを「文系といえど僕は之定だからねぇ!!」と叫びながら投げ捨てようとしていた歌仙兼定の意味不明さ加減がすごく面白かったです(笑)

結局、五虎退の落とし物はカラスが持って行ってしまっていたらしく、意外なタイミングで見つかります。
そして、何を失くしていたのか知ったとき、彼がどうして落とし物が何かを口に出せずにいたのかが分かりました。

五虎退が落としていたのは、いち兄(一期一振)に貰った巾着──の中に入っている、三日月宗近から貰ったドングリでした。

三日月のドングリ。
義伝で「遠足は初めてだ」と言いながら嬉しそうに拾っていた、あのドングリですね。
ああそれは絶対に失くせないものだし、三日月から貰ったものを失くしたなんて絶対に言えないな…と、そこで五虎退の心情が理解できました。

そのドングリは御守で、本丸を旅立っていく者たちに手渡してほしいと三日月が託していったとのこと。
もう、このドングリのくだりで涙が出てきてしまったし、周囲の皆さんも泣いていました。泣けますよね…。

この三日月のドングリという存在が現れたことにより、山姥切国広の纏う雰囲気が変わります。
ずっと探し求めていたものをやっと見つけたというような、ようやく心が戻ってきたというような、そんな感じで。

それまで修行に出ることに躊躇いがあった山姥切国広はようやく決意を固め、三日月が残していったドングリを手に取るのです。

彼にとって、最後のひと押しには三日月の存在が必要だったのでしょう。
ドングリを通して「行ってこい」というエールを受け取った気持ちになれたのかもしれません。

そして、皆に留守中のことを頼みながら、ようやく山姥切長義とちゃんと向き合うんですね。
山姥切長義も、ここでようやく「偽物くん」ではなく「山姥切国広」と呼びます。

おそらく、大切そうにドングリを受け取っている山姥切国広の姿を見て、悲伝での出来事が残していった爪痕や三日月宗近への気持ちの大きさを、山姥切長義も書類上の出来事としてではなく生々しいものとして実感することが出来たのでしょう。
鶯丸が語っていたことも含めて、この本丸と山姥切国広への理解を深めたのだと思います。

山姥切問題の本当の決着は、互いがしっかりと向き合ったことでようやく落ち着きました。
このあたりの流れ、とても好きです^^

次回作は原作ゲームでの特命調査イベント文久土佐藩がテーマ?

刀ステは、冬に次回作の公演が決定しています。

山姥切国広が修行に旅立っていったので、彼が不在の間の出来事についての物語になりそうかな?と予想しています。
現在公開されている登場人物(刀剣男士)から察するに、原作ゲームで期間限定イベントとして実装していた「特命調査文久土佐藩」が主な舞台となっているのではないでしょうか。

三日月宗近も山姥切国広も不在となると、その間の近侍はへし切長谷部なのではないかと思っていたのですが、陸奥守吉行役の蒼木陣さんが座長ということで、陸奥守が近侍の可能性もありますね…!?

今回の慈伝でも、陸奥守は刀ステ本丸の刀たちの中でも割と古株なのではないかと思われる会話もありましたし、しっかりと皆をまとめてくれそうな気がします^^

今後の刀ステがどう続いていくのか、色々と予想するとワクワクしますね!